Inicio / ミステリー / キジも鳴かずば撃たれまい! / ゲーミングチェア・ディテクティブ 2

Compartir

ゲーミングチェア・ディテクティブ 2

Autor: 北園れら
last update Fecha de publicación: 2026-07-07 15:08:45

「マスターって友達いるの?」

「一人だけな。いや……二人にしとくか」

「数でマウント取ろうとしてる?」

 煙草を買う金すら惜しくなったようで、マスターは美鶴を見送ってとぼとぼ喫茶ケチャップに歩き出した。花火はそのどこか哀愁漂う背中について歩く。

「ねえマスター」

「俺別にお前の主人ではないねんけど」

「喫茶店のマスターではあるから」

「はあ……」

「というか、フルネーム知らない」

「一色豹虎。覚えといて」

「いっしき、ひょうご」

 まあマスターでいいか。なんか落ち着くし。

「あ、さいはらはなびです」

「知っとるが?」

 姉崎の街並みは良く言えば賑やかで悪く言えばどこか煩雑としていた。駅から南東に位置する通りに並び立つ商店のうちの一つが喫茶ケチャップだ。保護者から口汚く存在を否定された遊具たちが撤去され滑り台とブランコだけが取り残された公園が目の前にあり、たまにサッカーボールが飛んできて店の窓という窓が叩き割られると豹虎がぼやいた。

 その喫茶ケチャップの前に立ち、豹虎は玄関に「CLOSED」の札を立てた。

「今日は店じまいや。なんせ営業する資金も無いからな、は、ははは」

「マスター目が笑ってない」

「別に心も笑ってないが」

 店内に入るとコーヒー豆の香りが鼻を突いた。面接に来た時も思ったが、店の隅々まで丁寧に清掃が行き届いている。手の届く場所に消毒スプレーと清潔な掃除用布巾《ダスター》が常備されていた。

「階段上がる前に靴脱いどけよ」

「はーい」

 喫茶店は一階のみで、二階は居住スペースになっているようだった。言われるがままに靴を脱いで階段を進んでいる時、花火は靴下の替えが無いことを思い出した。

「花火、そういえば荷物は?」

「何もない」

「あーなんか引き払ったとか言うてたな……」

 二階にはバルコニーがあり、シャワールームとトイレは別でユニットバスも付いている。花火が住んでいた六畳ワンルームと比べれば雲泥の差だ。

「ここや。元は物置きだった部屋みたいでな、落ちてるもんは好きに使ってくれたらええ」

「お、おお……!?」

 案内されたのは八畳ほどある空間で、古いブラウン管テレビやエスニックな雑貨が放置されていた。何より目を引くのは柱に刺さっているフックに繋がれた赤褐色のハンモックだ。

「なんや、こういうの好きなタイプか? なら良かった」

「……!」

「おい飛び込むなよ。フリちゃうぞ危ないから」

 一足遅かった。ハンモックに飛び乗ってそのまま落下した花火は埃被った空気を吸って咽せた。

「楽しそうで何より」

「痛い……」

「せやろなあ」

「けど、楽しいが勝ってる」

「お前ほんまに十六のガキなんやなあ」

 助け起こそうとした豹虎が足元のソフトビニール製怪獣人形の尖った背鰭を踏んでその場にうずくまった。花火は普通に一人で起き上がる。

「ッ……せや、お前」

「何か?」

「最初『なんでもやる』つったよな」

 花火は頷いた。まだカレー分の借りしか返していない。これからしばらく長く付き合いになるのだから、主従関係ははっきりさせておくべきだ。

「殺し以外ならなんでも、でしょ? もちろん」

「そうか。ほな最初にやってもらう仕事がある」

「?」

 部屋を出ると、豹虎は洗面台のそばで何かのボタンを押して階段をさらに登った。

 屋根裏部屋だ。ドアの下から平べったい青色の配線が伸びている。花火《ひきこもり》には馴染み深い有線。

「まあ難しいことやない。俺にはできんけど」

「それは……どういう」

「何でもやるつったのはお前や。せやんな?」

「う、うん」

 「ええ返事や」と豹虎は笑い、ノックも無しに屋根裏部屋のドアノブを捻った。

「おーっす灘《なだ》子《こ》ぉ、邪魔すんでえ」

「お邪魔しま……っ!?」

 まず飛び込んできたのは強烈な臭《にお》い。

 死体? 少し考えてから、それが殺し屋の師匠が吸っていたのに近い煙草の匂いだと気付く。

 屋根裏部屋は奥に窓が一つあったのだが、アニメキャラのポスターめいたもので塞がれてしまい光源と呼べるのは卓上のパソコンぐらいだった。それも自作のデスクトップPCだ。青や緑色に発光する冷却ファンが壁の黄ばみを相殺していた。

「ふうん……なるほど。そう来るか」

「灘子ー、おい」

「しかしこいつ無敵暴れしか能がないのか? 読み合いの場から降りた時点で勝ち負け以前の問題だ。まったくこれだからプラチナ帯は」

「お客さん来てはるって」

「なっ……そこで起き攻めせずガン下がりはないだろう!? クソっ無敵読みましたみたいな雰囲気でコマ投げするんじゃない! こっちは低体力キャラ使ってるんだから……あああ移動投げやめろ」

「ホイっ」

 豹虎はパソコンの電源を落とした。

「あーーーーーっ!!?」

「何してん」

「こっちのセリフだ! 昇格戦で切断するバカがどこにいる!?」

「コラっ」

「あだっ!?」

 真っ暗になった部屋で豹虎が彼女の側頭部に手刀を打ち据えて黙らせた。着る毛布のフードを掴んで椅子から引き摺り下ろす。花火は空気を読んで部屋のスイッチを探した。明かりがつく。

「おい。なんやこの壁の色は」

「や、ヤニでシャンパンゴールドになった」

「ここが賃貸だったらお前殺してるからな」

「持ち家で良かったと切り替えたまえ……」

 豹虎が子猫を運ぶ母猫よろしく首根っこを持って花火の前に放り出したのは、女性だった。歳は二十代後半くらいだろうか、ダークブラウンの髪は伸びっぱなしで後ろに束ね、黒縁のロイド眼鏡の奥の瞳も苦いチョコレートのように暗い。

「同居人の紹介せなあかんと思ってな。えーっとこっちが元殺し屋の花火」

「え」

「心配すんな、こいつ裏の人間や。ほら灘子、新しい同居人に自己紹介せえ」

「……さっきは取り乱してすまなかった。待っていたよ、花火くん。君のことはよく知ってる」

 壁紙と同じ色になったシャツの襟を直し、立ち上がると細身で豹虎よりも背が高い長身。

「錠ヶ崎《じょうがさき》灘子。職業は私立探偵。あ、それと偽名だから。よろしく」

「……偽名?」

「いい響きだろ? 錠ヶ崎灘子。まるで悪役令嬢みたいな気品だ。善良な市民を演じているとああいう生き方には自然と惹かれてしまう」

「わかるような、いまいちピンと来ないような」

 灘子と名乗った女性が手を差し出した。握ると、皮脂がタールかよくわからないベタついた感触がして反射的に手を引っ込めようとしたが彼女は容赦なく握り込んだ。

「なんっ……てか臭っ!?」

「へーえ、これが殺し屋の手か。親指と人差し指の皮が人より分厚い。それと中指側面に特徴的な擦り傷。子供が常日頃から銃を握るとこうなるのか? 匂いは……」

「ひっ!?」

 指を絡ませながら花火の手を覗き込む灘子の髪が異臭を発しているのがわかった。死体みたいな臭気の正体はこれか。

「ま、マスター……」

「灘子は探偵兼、喫茶ケチャップのオーナーや。俺の上司みたいなもんと思ってくれたらええ」

「これが?」

「これが」

 失敬な、と灘子がわざとらしく頬を膨らませた。

「まあ、こんなんでも裏の事情には精通しとる。それに俺らにとっては唯一の協力者やも知れん」

 豹虎は咳払いをしてからにこやかに告げた。

「お前の最初の仕事はこの風呂キャンヘボ探偵を風呂に入れること。最悪ぶん殴っても良いから」

「唯一の協力者にする態度ではなくない?」

Continúa leyendo este libro gratis
Escanea el código para descargar la App

Último capítulo

  • キジも鳴かずば撃たれまい!   アフター/パーティ 2

     翌朝。 タバコ買いにコンビニ入ったら泰良がいた。「……は?」「いらっしゃいませ」 しかも格好は店員だ。豹虎は花火がむやみやたらとお菓子を買うのを制止するために振り返り、目を擦ってもう一回見る。「ただいまホットスナック揚げたてですが」 やっぱりいたので豹虎は頭を抱えた。「何してん」「見たらわかるだろ。バイト」「なんでお前らは的確に説明できないんや」「マスター、わたし飲むヨーグルトが……げっ」 花火の声の方向を見れば色白短髪の殺し屋──ガスがいた。同じ赤と茶色の制服を着て、日用品の陳列を終わらせたところだった。「ボス、休憩に入る」「もうボスじゃない。行ってこい」「……一から全部説明してくれ。昨晩から全部」 掃除屋の青葉美鶴に二人を引き渡したのは昨晩の話だ。豹虎と花火は事件に関する事情聴取と、親元に帰るメビとの別れの挨拶のために警察署に向かうところだった。 つまり、こいつら二人は美鶴と一緒にバンで運ばれてすぐここのコンビニで働き出したことになる。しかも喫茶ケチャップの最寄りで。「美鶴は? 匿うって話はどこいった」「匿うったって檻の中に毎日閉じ込めておくわけじゃねえ。まともに働く技能があるなら表社会に溶け込ませるのがかえって安全なんだとよ」「カモフラージュ……木を隠すなら森ってか?」「掃除屋は人が隠したいものを処理するプロだ。表社会で処理しきれない事情を抱えた人間がみな顧客リストに入ってる」 二つあるレジのもう一方でオーナーらしい中年の太った男が妙にオドオドしながらこちらを覗いていた。詐欺師の経験が弱みを握られた人間特有の表情の歪みを一瞬で読み取ってしまい、自己嫌悪でタバコが吸いたくなった。「……あのおっさんは何やらかしたんや」「さあな。ま、殺し屋と犯罪王を最低賃金で働かせるのに見合う華々しい経歴をお持ちだろう」 ハイライトを頼んだところで後ろから花火が飲むヨーグルトとフルーツグミと塩キャラメル蒸しパンとバスクチーズケーキを持ってきた。多い。「せめて一個にせえ。朝飯たらふく食ったやろ」「ダメ、腕治すのにはまだ足りない」「少年漫画の主人公やあるまいし……」 結局医者に掛かることもなく、花火は昨晩から右腕を吊ったままだ。いわく「綺麗に折れてるので栄養を摂ればすぐ治る」らしい。「ボス」「ん? どうしたガス」「カニカ

  • キジも鳴かずば撃たれまい!   アフター/パーティ 1

    アサギマダラ【浅葱斑】:チョウ目タテハチョウ科マダラチョウ亜科。半透明の水色(浅葱色)に黒い翅脈が走る特徴的な翅を持つ。夏に日本で発生したアサギマダラは秋になると南西諸島や台湾に南下し、温暖な環境で繁殖や越冬をしたのちに本土冷涼地に北上する渡り蝶。学名はパランティカシータ(Parantica sita)。 ────────────────────「大規模犯罪グループの首領を保護しろと」 海の見える公園近くにハイエースを停め、落ち合ったのは掃除屋の青葉美鶴。スマホの電卓で見積もりを計算しようにも前例がないと呆れた声を吐いた。「……前みたいな再教育プランは多分無理だと思いますけど」「いや、しばらくの間匿うだけでええ。再教育《そいつ》は司法の仕事や」 異様な光景だ。海沿いの街灯の下、この場にいるのは元詐欺師《豹虎》に刑事《二兎》に犯罪王《泰良》に殺し屋が三人。全員で協力すれば件の殺し屋セイに一矢報いることもできるんじゃないか、とふと思う。「……豹虎」「あ?」「やるよ」 肩の出血が少し落ち着いたのか、泰良は青い顔こそ変わらないが血に濡れた手で豹虎にあるものを差し出した。 偽造ライセンス。深層裏社会への片道切符。所持する者の犯罪行為を黙認させる悪魔のカード。「ええんか」「いいんだ。もう俺には必要ない」 それを手放すことは、阿座上泰良が裏ではなく表の法によって裁かれることを意味している。 暴力、拷問、搾取、殺人。二度と塀の中から出ることが叶わないだけの罪を泰良は犯していた。「覚悟はできてる。だが今のまま無策で檻に入ってセイの思うようになるのはごめんだ」 殺し屋セイが警察と繋がっている可能性がある以上、今の泰良を引き渡すのはリスクが大き過ぎる。だから掃除屋のもとで事態が解決するまで管理するのが最適だと結論を出した。「掃除屋。もしセイがコンタクトを取ってきても俺を引き渡さないと約束できるか」「裏の掃除屋は永世中立です。誰の味方でもなく依頼人の仕事を全うするだけ」 美鶴は花火が信頼する数少ない相手だ。暴力の世界でそれに屈しない者たちは誰よりも強かで、信用できる。だから豹虎もここに呼んだ。「ガス、お前は帰れ。好きにすればいい」「俺はボスと一緒に行く。まだ俺の中で契約は終わっていないからな」 ようやく喋れるようになったガ

  • キジも鳴かずば撃たれまい!   バーニング 9

    「マスター!?」 痛みに耐えるターンに入ったガスを放置して階段を駆け上がった花火が勢いよくドアを蹴破るとそこにいたのは血だらけで突っ立っている豹虎を抱きしめてグズグズ泣いている阿座上泰良、そして何をどうしたらいいかわからずただ座ってそれを見ている少年メビだった。「……マスター!?」「二回も言わんでええ」 落ち着いた口調で突っ込まれ、そこでようやく花火は全てが終わったのだと察する。豹虎を狙う反社会組織パランティカ・シータのボスと殺し屋を打ち破ったのだから。「やー、すごいことになったね」 花火や二兎に続いてこのボス部屋に踏み込んだのは、事態を最後まで静観していた嶌崎志麻。途中で暇になったのかコンビニでパック酒を買って飲みながら来たので緊張感がまるでない。「……すごいことになったね!?」「天丼やめぇや! あと泰良お前さっさと離れろや変な誤解生んどる!」 泣いてる場合ではない。ここに辿り着くまで、あまりにも謎が多すぎた。なぜ豹虎が狙われていたのか、消えた二十億とは何なのか。「全部聞かせてくれ、泰良。俺らは今何に首突っ込んどるんや?」「……それは」「頼む。このまま警察に引き渡したら二度と会えんくなるかもしれん」「けい、さつ?」 少し落ち着きを取り戻したはずの泰良の様子がおかしくなったのは、豹虎のその言葉を聞いてからだった。「待て、それだけは駄目だ。今あいつらのところに行きたくない」「あ? ちょお待てや、今更駄々こねてもしゃあないやろ」「違う! 警察だけは駄目なんだよ……!」「あのさあ」 話に割って入ったのは志麻だった。泰良でも豹虎でもなく、窓の向こうをじっと見つめたまま静かに質問を投げかけた。「向かいのビルの窓からずっとこっち見てる人、あなたのお友達か何か?」「──え」 泰良が返答のために声をあげるより早く、銃声が鳴り響いた。そのけたたましさは窓ガラスを弾丸が貫く音をかき消し、「ぐあっ……!?」 阿座上泰良の左肩の肉を弾き飛ばした。「……! 今の」「キラキラ、てめえ!」「素人が喋んな」 志麻は酒のパックをいつのまにかリボルバーに持ち替え、冷たくそう言い放った。 泰良の悲鳴を聞き届けるわけもなく、再びガラスが割れて第二射が侵入する。が、その弾は泰良の身体をすり抜けて廃ビルの壁に風穴を開けた。「師匠……!?」 この場

  • キジも鳴かずば撃たれまい!   バーニング 8

     阿座上泰良という人間は存在しない。存在するのはただ「阿座上泰平の息子」という肩書きだけだ。泰良はそう思わざるを得ない生き方を強いられてきた。 極道の二世が幸せになる道はない。天から授かった手前の身分をたいそう気に入って贅沢三昧をすれば良いのだろうが、泰良が抱えている欲望はそれで満たされるほど単純なものではなかった。(……親父) 承認欲求。それも自らの父親に認めてもらうというありふれた子供の抱える欲求。しかし、暴力の世界に産み落とされた泰良の欲望は歪んだ方向に向けて成長していくしかなかった。 力で証明する方法しか知らなかったのだ。 暴力、薬物、風俗、使えるものは何でも使って泰良は阿座上組長に尽くした。間の悪いことに、当時の若頭のことを組長はたいそう気に入っていた。だから若頭が躍起になっていた仕事《しのぎ》を潰して指二本詰めさせた。 本当はたった一言、「お前は自慢の息子だ」と言ってくれればそれだけで済む簡単な話だった。「泰良……そういうことじゃねえんだよ」 その言葉が何を意味しているのか知りたくて、泰良は裏のルートで知り合った殺し屋に頼んで自らの父親を拷問に掛けた。呪詛のような言葉は何一つ「聞きたくない」と一蹴して、得られたのは阿座上泰平は最期まで自分を認めてくれなかったという結果だけだった。「知ってるか、メビ。俺の血の半分は親父のものだが、もう半分は台湾人の血らしい」 昔、少年とそんな話をした。 妻との間で子供に恵まれなかった泰平は、自分が種無しじゃないことを証明するために台湾人の愛人に子供を産ませたのだ。 そこに愛があったのかは知らないが、人でなしはそうやって生まれた。 渡り蝶はそういう人間の集まりにしたかった。だからはぐれもののガスやメビとはいつか親友になれるとさえ感じていた。 メビは自分と同じだと本気で思った。米兵の息子だが自分の居場所に疑問を持ち、悪どい真似で大人の気を引こうとした少年。だから本当に深く愛着を持っていたし、俺に嘘をついて隠し持っていたライセンスも放っておいた。あれがただの純日本人の子供なら爪を剥いで殺していた。 そして阿座上泰良の暴力性は、殺し屋がいる深層と繋がったことで大きく加速した。原始人が火を知ったときのように泰良の世界は一変した。 ライセンスを持てば俺がしてきたことを司法が認め

  • キジも鳴かずば撃たれまい!   バーニング 7

     殺していいならワンパンだ。ガスの脳天に鉛玉をぶち込んでそれで終わり。 でも話はそううまくいかないのだから、花火は頭を使って冷静に状況を見る必要がある。 焔の殺し屋ガス。身の丈ほどあるボンベに車輪を付けたものに繋がれた二本のガスバーナーは灼熱の炎を絶えず吐き出している。それこそがガスという殺し屋の存在証明だ。 試しに花火は廃ビルのいたるところに置いてある観葉植物の入った鉢を投げつけてみた。 志麻いわく、ガスバーナーは殺し屋生協から卸された特注品らしい。鉢を叩き割って粉々にしてもバーナーには傷ひとつない。 ふんふん、なるほどなるほど。「っし、お願いしまーす」 クラブから調達したアイスピックを構えて花火は駆け出した。デスクの上に跨り、跳躍し、ガスの露出した目めがけて突きつけ、「ッ……!」 その身体を炎が焼いた。耐熱性に優れたマウンテンパーカーが火の手から身を守るが、その熱は尋常でない。一瞬触れただけで痛みにもがき苦しんで、その隙に全身焼き尽くされて終わりだ。 不用意に近づいたら死。ガスの間合いに踏み込むことは容易ではない。花火は床を転がって衝撃と火を消して向き直った。「一番簡単なのはガス切れを狙うこと」 志麻の言葉を頭の中で反芻する。「ただし、今から君たちが踏み込むのはいちおーシータの本拠地。当然ボンベはフルチャージされてると思った方がいい」 ガス欠と花火のスタミナ切れ、どちらが早いかの勝負。真正面からこれと戦うならそういうつもりで作戦を組む必要がある。 だが、ダラダラ戦っていると豹虎が危ない。 というかなんで主人は独断専行してるんだ? ガスを倒してから三人で行くつもりだったのに。「まあいいや」 やることはいつも通りシンプルだ。 どうにかして死なない程度にボコボコにする。 それだけ、以上。花火はオフィスデスクの上に飛び乗ると獣のように四つ足で身体を支え、ガスの側頭部に思い切り蹴りを打ち込んだ。「いっ……!?」 焼けるような痛みとは反対に火が消えていた。赤熱する鉄のパイプとなったガスバーナーが花火の脚を止め、弾き返したのだ。「おい消すとか聞いてない、暗い!」「俺は夜目が効く」「聞いてないし……!」 ただ人を殺すだけならガスの炎で焼き尽くせばいい。だが、間合いを縦横無尽に動き回るカビのような殺し屋に対しては時に無用の長物

  • キジも鳴かずば撃たれまい!   バーニング 6

     姉崎は大きい街だが、治安の悪い区画がそのほとんどを占めているわけではない。 司法が目を光らせる犯罪領域よりもっと深くにある深淵《ディープ》領域。本物のアンダーグラウンドに数えられる場所は地図上で明確に区分けできるものではなく、各地に点々と存在している。 それで言うと、幸区のクラブ・リンダを中心としたパランティカ・シータの領域は姉崎の裏社会で最大に近い規模を持っていた。インターネットを媒介として極めて大きな広がりを見せる深淵領域と違い、暴力団を継承するシータには自分たちの縄張りを重んじる精神がどこかにあった。 それを良しとしなかったのは主たる阿座上泰良ただ一人であった。「……有り得ねえ」 泰良は阿座上組の武闘派を束ねるリーダー。 だが頭の弱い武闘派連中が泰良に従ったのは、彼のカリスマやリーダーシップに惚れ込んだわけではなかった。 打算。泰良が阿座上組組長である阿座上泰平の息子だった、その一点だけ。少なくとも泰良はそうとしか思えないような人生を送ってきた。「若」という呼び名を無理やり改めさせ、右腕に殺し屋を置き、女子供を組織に取り入れ、そうやって悪の親玉として成り上がろうと必死になればなるほど、惨めだった。「なんでこうなった。なんでこうなる……」「タイラー……?」「黙れ!」 バチッ、と少年の顔が擦りむく音が無人の廃ビルに響いた。ここの四階が泰良の隠れ家だった。管理会社を脅して用意させた廃墟の下の階は無人。三階をガスに見張らせて自分とメビだけがそこにいた。 まるでダンジョンだ。さしずめメビは囚われのヒロインで、自分は邪悪で弱いボス。「キラキラだと……!? なんでお前の周りばかり寄りつく……!」 ガスに伝えられたあの金髪女、嶌崎志麻という殺し屋の異名。殺し屋を殺す者。警察や検察が犯罪領域の番人なら、彼女のようなトップクラスの殺し屋こそ深淵の番人。「ああ……メビ……殴って悪かった。でもお前とガスは俺の味方だよな? 俺と同じ生き物だ」「……」「汚い連中とは違う。それなのに、あいつは」 最強のカードをなぜお前が持っている。「一色……豹虎……!」 髪の毛を掻きむしる爪が皮膚を裂いた。どくどくと浅い傷から血が流れていく。 仲間の連絡であのクラブに警察が踏み込んだことも把握していた。二人の殺し

Más capítulos
Explora y lee buenas novelas gratis
Acceso gratuito a una gran cantidad de buenas novelas en la app GoodNovel. Descarga los libros que te gusten y léelos donde y cuando quieras.
Lee libros gratis en la app
ESCANEA EL CÓDIGO PARA LEER EN LA APP
DMCA.com Protection Status